ふじよしだ定住促進センターの運営するWEBメディア・you FUJIYOSHIDAの連載。思い出深い2回目のハタフェスのレビューを書いています。
ある程度の規模のイベントをやるときはいつも挑戦の連続です。一人で必死にやっていたけれど、気づいたら一人ではなく、たくさんの仲間に支えられていた。そんな思い出の回。
ふじよしだ定住促進センターの運営するWEBメディア・you FUJIYOSHIDAの連載。思い出深い2回目のハタフェスのレビューを書いています。
ある程度の規模のイベントをやるときはいつも挑戦の連続です。一人で必死にやっていたけれど、気づいたら一人ではなく、たくさんの仲間に支えられていた。そんな思い出の回。
こんにちは、アシスタントの西です。
普段はリモートワークでパソコンに向かっているお仕事がメインですが、時々打ち合わせで外に出ることがあります。
このお仕事に携わってから、「どんなお仕事をしているの?」と聞かれて回答に困ることがよくあります。
機屋さんと関わる仕事、とか
市役所とも関わってます、とか
基本は家でパソコン仕事してます
と話してみても、みんな「?」の表情で見つめられます。
そのことを藤枝に話してみても、やはり同じなようで。
ということで、時々外でお仕事をしている様子を記録してみることにしました。
普段わたしたちがどんなことをしているのか、1日のひとコマをシェア。
この日はテキスタイルデザイナーの堀田ふみさんと、洋服の縫製をお願いする大熊さん(藤枝の専門学校の大先輩なのだとか)と、都留にある喫茶店「カフェ織水」にて。
堀田さんの新しい商品開発のため、生地とパターンを相談しています。
堀田さんの生地は優しくて繊細、あたたかみがある素敵な生地ばかりなので、新たな商品ができあがるのが楽しみです。
前回は糸を染める工程をアップしましたが、デザイナーさんが生地をデザインし、ここから洋服を形にしていきます。
居心地の良い喫茶店で、できあがりがワクワクするような打ち合わせ、とても有意義な時間でした。
はじめまして、アシスタントの西です。
2020年4月から富士吉田市に移住し、装いの庭の藤枝のサポートをしています。今回、初めてブログへ投稿します。以後どうぞよろしくお願いします。
お仕事をはじめてから今までたくさんの織物工場へ同行させていただいてますが、先日お邪魔した真田織物さんの工場の様子をシェアしたいと思います。
当たり前のように毎日着ている洋服。
機屋さんへお邪魔するようになってから、初めて作り手がいることを意識しはじめました。
普通の人は店頭に並んでいるお洋服と店員さんしか接することがないので、どのような工程を通って作られ、目の前に出来上がってくるのかをイメージすることは難しいです。実際に作っている現場を見ると、遠い道のりを経て、たくさんの人の手を介して、こうして手元にあるんだなぁと感じます。
糸自体を作っているとこはまだ見たことがないのでお見せできませんが、まずは糸を染める現場の動画を。
できあがりの糸そのものが布となり、洋服となっていく。
糸 →布→ 服
何もない無から有へ
そして名称が変化していく工程。
来週17日(土)は氷室どよう市です!
9月にスタートし、思った以上の反響をいただいた氷室どよう市。次回は10月17日(土)に開催します。
ありがたいことに出店ご希望いただき少し仲間が増えました。
これからもゆっくり楽しい環を拡げていきます。
そして、FUJIHIMUROの中では染色工場の丸幸産業の黒染め展を開催します!そちらもぜひご注目ください。
どよう市の出店は公募制を取っています。もし参加をご希望の方がいらっしゃいましたら、SNSアカウントからDMください。
【今回参加してくれる方々はこの人たちです】 やまなしの野菜(ぴたらファーム・Farm in Hands) Good Old Market 佐藤農園 TAKURO bicycle coffee Tobira 森口理緒 rumbe dobby mayo菓子店 sowers & 和み菜家 新世界乾杯通りのじゅんべさん FUJIHIMUROにまもなく醸造所をオープンするクラフトビール屋さん も出店してくれます。 美味しいクラフトビールを飲みたい方は徒歩でお越しください。
【概要】
開催日 10月17日(土) 10:00〜15:00
毎月第3土曜日に開催
FUJIHIMURO
〒403-0009 山梨県富士吉田市富士見1丁目1−5
TEL:0555-73-9438
【ご来場のみなさまへ】
お買い物の際には、エコバッグ持参のご協力をお願いします。
感染症予防のために下記の事項にご協力をお願いします。
発熱、咳、くしゃみ、鼻水、だるさなどの症状がある方、体調のすぐれない方のご来場はご遠慮ください。
ご来場の際はマスクを付けてお越しください。
入場時には住所・氏名・連絡先をご記入いただき、検温を実施させていただきます。
手指の消毒にご協力をお願いします。
丸幸産業さんからご希望いただいてハタフェス企画で行います。
昨年開催予定だったけれど、台風の影響でやむなく中止した展示。さて、どんな空間にしましょうか。
展示するための衣類はただいま大募集中です。詳しくはyou FUJIYOSHIDAの告知記事をご覧ください。
【丸幸産業の黒染め加工展】
日時:2020年10月17日(土)10:00〜15:00
場所:FUJIHIMURO 〒403-0009
山梨県富士吉田市富士見1-1-5
TEL:0555-73-9438
下記のご案内事項をよくお読みいただき、ご協力いただける方は10月10日(土)まで着でお洋服をお送りください。みなさまのご参加をお待ちしています。
1.染められる素材
綿、麻、レーヨン、ウール、キュプラ
2.価格 ※ハタフェス特価
シャツ、ワンピース 2,500円 → 1,500円
パンツ、デニムシャツ 3,000円 → 2,000円
ジャケット、パーカー、コート 4,000円 → 3,000円
3.ご注意
・染められる生地は天然繊維のみです。
・付属品(ボタン・ファスナー)が劣化する恐れがございます。 ご心配な場合は、事前に取り外してお持ちください。
・裏生地の付いている服は、縮率の違いで型崩れが発生する可能性があります。
・糸や生地に撥水などの特別な加工がしてある場合、部分的に染ムラが出る場合があります。
・皮は極端に縮みます。ジーンズに皮が付属していないかなどご確認ください。
・縫い糸にポリエステルを使用していることがあります。ポリエステルは染まりません。
4.お洋服のお持込方法
丸幸産業に直接、お持込または郵送(送料別)
※ご相談内容により取りに伺います
場所: 〒403-0001 山梨県富士吉田市上暮地2222-1 TEL:0555-23-5562
締切:10月10日(土)17時
※お持込をご希望の方は、事前にお電話ください
5.お洋服の返却方法
展示会場に直接引き取り、または郵送(着払い)
①直接引き取り 日時:10月17日(土) 15時〜16時 場所:FUJIHIMURO
②郵送(着払い)
Equaland SHIBUYAで開催中のポップアップショップに合わせて限定ワークショップを開催することになりました。
リネンやオーガニックコットン系のものを使って何か、というお題をもらったのでクロスステッチをやることにしました。
我ながらナイスひらめきと思ったのもつかの間、思った以上にむずかしくて、夜な夜な試行錯誤を繰り返しています。
お持ち帰りでやってもらえるようにしようと思うので、ぜひお気軽にご参加ください。
コップの座布団やハギレのブローチはとても簡単です。
今週末「氷室どよう市」です。このマーケットはコロナの影響はもちろんありますが、それをきっかけに儲けることとは別の価値軸で動きたいと思っています。簡単にいうと下記のようなことを大切にしています。
もちろん、出店してくれる人たちには労力に見合っただけの売上は立ててほしいと思っています。ぼくもまったくのタダ働きをしようとは思いません。ただ、集客や売上のような数字を追いかけるのは少し違うのかなと思っています。それよりも大切にしたいのは、同じ地域で暮らしている人たち、同じ分野で活動している人たちがつながり、交流が生まれる場をじっくりと作っていくこと。
地方で活動していて思うのは、どうやっても東京でやるような爆発的なエネルギーは生まれないということです。でも、それは別に悪いことではなくて、代わりに作り手の内側でじっくりじっくり育まれてきた、時間をかけなくては出来上がらないいくつもの才能とこの数年で出会うことができました。
そういう地方ならではの良いところを掘り下げられるイベントの形ってなんだろう?と考えたときに浮かんだのがゆるやかに開催される定期市でした。
またそのアイデアは、せっかく緑の近い水も空気もきれいな場所なのに、良い野菜を買う場所があまりないことが気になっていたことや、ギャラリースペースとして出来上がったFUJIHIMUROを公園のような誰もが気軽に訪れられる場所にしていきたいという願いにもしっくり答えを出してくれました。
だから、出店のハードル、運営のハードルは極力下げて、無理なくゆっくり継続することを大事にしようと思っています。
「地域の中でつながる日常を少しずつ」というのはコロナ禍でのイベント開催に対するメッセージであると同時に、地方でのイベントの在り方に対するメッセージでもあります。
AIの普及により、人間の仕事は作家・音楽家・芸能人・発明や研究などのクリエイティビティ系、工場や店舗の管理・会社経営などのマネージメント系、介護福祉士・看護師・保育士・インストラクターなどのホスピタリティ系の分野に集中
総額10億円配布の“前澤実験”にひろゆき氏「ベーシックインカムと呼ぶべきではない」 月7万支給で日本は変わるのか
ニュースサイトを見ていて前澤さんの100万円配るプロジェクトのことが紹介されていました。ベーシックインカムにしても、このプロジェクトにしてもお金の価値の転換を促すという意味で注目しています。そういう中で出会ったのが上記の言葉。目立たない文だけれど、とても現実的な未来予想だと思います。
ぼくは基本的にお金には頓着のない人間です。ただ、資本主義社会で経済活動を行う以上、きちんと利益を出してビジネスを成立させることは大事にしています。
要するに、自分の利益を死なない程度に最小化してハードルを下げながら、事業としての採算ラインを目指す。自分へのリターンは軌道に乗ってからでいい。という考え方です。だいたい軌道に乗った頃には別のところに移ってしまうのでリターンをもらったことがあまりないのですが。。
自分の中で理想の働き方は9ヶ月働いて年収300万です。300万という数字はけっこう現実的に出していて、毎月の固定費や家のローン、諸々加味して自分の生き方としてはこの金額があれば富豪のような暮らしができる金額でした。その代わり、働くのを9ヶ月に絞って3ヶ月は別のことに当てます。300万円以上の収入を得られた場合はすべて事業に充てるか、社会に還元すると決めています。
このような働き方を目指しているとお金からはどんどん自由になっていきます。ベーシックインカムでお金の不安が取り除かれた状態に近くなるのかもしれません。そういう思考のもと、引用のような未来予想から考察すると、未来の仕事って“遊び”と“奉仕”に集約されていくのではないかと思いました。
今って遊ぶようにする仕事が本当に増えました。表現のアウトプット先も、マネタイズの方法もどんどん増えてきています。素晴らしい世の中ですね。一方でそういう才能を支えたり、社会貢献活動に注力するような考え方も着実に育ってきているように感じます。
どちらも心の満足度というのがポイントになっていて、これらはAIには代わりのできないことではないでしょうか。
世の中をみていると“遊び”の部分はもてはやされているけれど、“奉仕”の部分はまだまだかもしれません。けれど、今後間違いなくこの奉仕の領域の仕事は伸びてくるでしょう。逆にいうと、それ以外の仕事って今後10年でどんどん淘汰されていく気がします。
こっそりとオンラインショップの準備を進めています。どういうショップで何を思って始めるのか、というのは、もう少し準備が進んでから改めて書きますが、心境の変化をとても感じたのがスタッフに対して自然と言っていた上のセリフ。
商品の撮影をしたりするときにすごく扱いに気を使うようになりました。タグを折らないようにめちゃくちゃ気にするんです。
恥を忍んでいうと、ものを丁寧に扱うのがかなり苦手な人間です。 (こう書いてしまうと多方面からお叱りを受けそうな気が、、) 実際幾度となく反省し、その度に気持ちを引き締め直してきました。けれど、なかなか治らない悪癖で。でも、今回はちょっと違う感じ。
この心境の変化の理由はいろいろあると思うのだけれど、ひとつ大きなものを挙げるとするなら、商品を「買取」で仕入れたことかもしれません。
自分で腹を括ってものを買うとこんなに心持ちが変わるのかと、恥ずかしながら初めて体験しています。付き合いのある作り手さんたちはいつも自腹で材料を仕入れて、時間をかけて作品をつくっている。買うことでようやく同じ目線で見れている気がします。
頼まれごとについつい応えてしまいがちで、リスクの取れない委託の案件が多いのですが、自分の腹で勝負するプロジェクトってとても大事ですね。
もう一つ悪い癖であるのが、最後まで仕事をやり切れないところ。この癖も今回ばかりは乗り越えられる、いや乗り越えないとまずい。今が克服のチャンスと覚悟を決めてがんばるつもりです。
少し前に「遠い太鼓」を読み返した。
村上春樹さんが3年間、ヨーロッパで暮らしたときの日々の記録。彼はこの期間の間に“あの”「ノルウェイの森」と「ダンス・ダンス・ダンス」を書きあげた。
なんとなく冒頭をめくっていて、このエッセイが37歳〜40歳までの間に書かれたことに気づいた。ぼくは今、36歳。自分は今あの人がこの本を書こうと思いたった年齢に差し掛かってるのだ。
本の中にはこう書かれている。
“四十歳というのはひとつの大きな転換点であって、それは何かをあとに置いていくことなのだ、と。そして、その精神的な組み換えが終わってしまったあとでは、好むと好まざるとにかかわらず、もうあともどりはできない。試してはみたけれどやはり気に入らないので、もう一度以前の状態に復帰します、ということはできない。それは前にしか進まない歯車なのだ。
ーーー僕の中で精神的な組み換えが行われてしまう前にーーー、何かひとつ仕事を残しておきたかった。”
転換点というのはぼくもいくつか経験している。
たとえば30歳。その年齢も僕の中では大きな転換点だった。
それを境に、20代のうちでは見えていなかった自分の能力の天井が見えた。昔はひとりでなんでもできるようになることを目指していたけれど、その天井を見てからは考え方を換えた。
40歳。自分にはどんな組み換えが待ってるだろうか。今まで特に予感はなかったけれど、読み返してから少し意識を向けるようになった。その組み換えが行われる前に、ぼくもまた何かひとつ仕事を残しておく必要があるんだろうな。