今、ハタフェスが目指すもの

今年のハタフェスの開催方針が発表されました。

この状況下では、2日間に凝縮した楽しさは提案しにくいから、ぼくらはぼくらの伝え方を目指すことにしました。こういうときだからこそ、数字の上では見えにくい想いの部分を外に出すチャンスとも思っています。

このイベントをきっかけにいろいろな人を富士吉田に呼べたし、それによって業界的な垣根はずいぶん低くなってきたと思います。もちろんそれは街や織物工場の人たちの努力あってこそのもので、ハタフェスきっかけに限ったことではないのですが。

関わり方について密かに思っているのは、小出しにして数を増やすことです。もともと事務局で目指していたのは、イベントのコンテンツが少しずつ街に浸透していくことでした。

工場の設備や商店街の中にある飲食店などの魅力に、街に住む人も訪れる人も気がついて、作家やデザイナーの展示みたいな外からの刺激が少しずつ楽しみとして増えていって、内も外も一緒に盛り上げていく環を作れるのが理想です。

評価の指標として収益や動員という客観的な数字はとても大事です。けれど、本質的にはそれよりも大事なことが別にあると思うんですよね。今はそこに目を向けられる良い機会。コロナの以前はなんとなく数字を競い合うような空気でしたから。

今はすごく本質を試されているように思います。

2回・3回と積み重ねる中で、少しずつ一緒におもしろがってくれる仲間も増えてきました。そうやって作ってきたそれぞれの人たちとのつながりの一本一本を大切にしていくつもりです。

どこまでできるのか、自分にとっても挑戦です。垣根を越えていろいろな人とハタオリを未来につないで行けたら。どうぞよろしくお願いします!

今、ハタフェスが目指すもの

MIYASHITA PARKでハタフェスポップアップショップ開催!

7月28日から渋谷にオープンする「MIYASHITA PARK」の中に入っているEQUALAND(イコーランド)というショップの中でハタフェスのポップアップやらせてもらいます。

21日・22日、プレオープンのため東京入りしました。イコーランドはファッションの信用をテーマにしたコンセプトショップで約180㎡のスペース内に作り手の顔が見える厳選されたセレクトの商品が並んでいます。

その中の一角に富士吉田市のプロモーションブースとしてハタフェスのコーナーが設けてあります。機屋さんの商品はもちろん、毎回ハタフェスに出てくれている山梨で活動中の作り手など全部で14のブランドの商品が買えますよ!

スペースの都合上、すべての商品を一辺には並べられないので期間中何度か売り場を入れ替えます。その時はまたお知らせしますので随時楽しみにしていてください。

取り扱いのブランドごとに信用タグという紹介情報をまとめてくださいました。QRコードを読み込むとブランドページにリンクします!そして、8月初旬頃からはイコーランドさんのオンラインショップでも販売してくれるみたいです。店頭とオンラインの行ったり来たりも楽しんでみてください〜。

ハタオリマチフェスティバルポップアップショップ
期間:7月28日(火)〜9月30日(水)
場所:EQUALAND SHIBUYA
東京都渋谷区神宮前6丁目20-10
RAYARD MIYASHITA PARK South 3F

【参加ブランド】
前田源商店
ALDIN
GOOD OLD MARKET
Watanabe Textile
kinari wood work
アトリエボンド
SIWA
槇田商店
HADACHU ORIMONO
rumbe dobby
Fumi Hotta
武藤
kichijitsu
IIYU TEXTILE
MIYASHITA PARKでハタフェスポップアップショップ開催!

書いて書いて書きまくれ

記事を書く機会が増えてきた。直接的なライティングの仕事ではない。関わる仕事の中の一つとして書くことがくっついてくる。

特に独立してから、自分の書く文章が好きではなかった。

くどいし、長いし、おまけに重たい。それだけの想いを込めた活動だし、なんとかして伝えたい、伝えなくちゃいけないと思っていた。怨念が深い、と冗談交じりに言われたこともある。なんて的を射た言葉だろうか(笑

そんな風になかなかできないまま気づいたら4年も経ってた。気持ちの部分を伝えられてるとは思わないけど、ありがたいことにお仕事の話はいただけている。

少し前から徐々に考え方が変わってきた。想いのすべてを伝えなくてもいいように思えてきた。そう考えられるようになってから、それまで苦しくて仕方のなかった“伝える”ことが少しずつ楽になってきた。

今日、降って湧いた書く仕事に、なんの気負いもなく着手し、さらっと書き上げることができた。とても楽しく書けた。そう、本来文章を書く行為は楽しいものなはずなんだ。

渦巻いていた怨念は少しずつ成仏していってくれるだろうか。外に向けて書くことを楽しんでいこう。

書いて書いて書きまくれ

なんでも相談室

お金になる、ならないは置いておいて、とにかく人の相談に乗ることが多い。

相談されることもあるし、悩んでるような様子の人を見つけたらついついお節介で声をかけてしまう。

思えば、小学校くらいからそんな感じだった気がする。ほっとけないのだ。

さて、この装いの庭のHP、今は予行練習のつもりで思いつくままに書いているけれど、そろそろコンテンツを充実させていきたいと思っている。リニューアルもする予定。

文章以外のお楽しみとして、申込み制の「なんでも相談室」でもやろうかな、なんて思っている。職業や働き方がどんどん多様化していく中で、どういう生き方ができるんだろう、これであってるんだろうかとみんなが試行錯誤している。そういう話を聞くのは好きだし、自分も含めて、いろいろな人のうまくいったことやいかなかったことを目の当たりにしてきたから、言えることもきっとある。

責任を負いたくないからやるなら無料。出したアイデアに納得してくれて手伝ってよ、となったら要相談という感じかな。

「なんでも」だから、仕事の話以外も受け付けたい。顔見て話したいってだけでもいいし、人間関係や恋の悩みにも乗ろう。あんまり役には立たないかもしれないけれど。

もしも始めたときはどうぞよろしくお願いします。

なんでも相談室

ローカルぬるま湯問題

数年前から地方は盛り上がっている。デザイナーやフォトグラファー、編集者などクリエイティブな人材が地域に移り住み、磨いてきた手腕で地域の魅力を掘り下げて発信する流れで盛り上がりが生まれてきた。

その流れに乗り、若者たちもまた地方に可能性を求めて(もしくは地方の人たちが若い可能性を求めて)集まりだしている。とてもすばらしいと思う。

けれど、気を付けなくてはいけないのは、若者たちの才能はまだ磨かれていない原石だということだ。

才能豊かな若者たちはその能力ゆえにそこそこ仕事はこなせる。おもしろいアイデアも持っている。周りの人たちは喜ぶ。しかし、それはあくまで原石ゆえの価値の範疇だ。若さと勢い頼みの成果にいつまでも甘んじていると奥行きや繊細さのある仕事を学ぶ機会は失われていく。宝石は磨かれてこそ光る。

地方は人材が少ないがゆえに競争が行われない。だから生きやすい部分もあるけれど、都心部のような切磋琢磨がないのでぬるま湯に浸っているようなことにもなりかねない。磨かれないから本来の成長曲線よりも能力が伸び悩みがちになる。

というような相談を受けたので考えてみた。

そうなるのはなんとなくわかるけれど、結論を言えば、結局一人ひとりの仕事の取り組み方次第だろう。たとえ都心部だろうと気の抜けた仕事をこなして過ごしている人たちはたくさんいる。逆に地方でも貪欲に自分のスキルを磨いていく人たちだっている。

雑誌やメディアなどの優れた編集者は、売上や数字をあげるための当てに行く企画だけでなく、雑誌の個性や特徴、メッセージを打ち出した攻めの企画も出す。と教えてもらったことがある。

それは結局売れるもの、売れたものだけやっているとほかも真似しだし、お客さんが飽きてしまうからだ。表現で生きていく人間は常に新しい領域への挑戦が求められる。

デザインや写真・ライティングなどの仕事への取り組みもそういう意識を養うことが大切なんだろうと思う。スピードが求められる。外さないことが求められる。その隙間で今までの自分がしてこなかった新しい表現のトレーニングをどれだけ積むことができるかだ。

どこにいたってぬるま湯から抜け出すためには自分の意思で踏み出さなくちゃね。

ローカルぬるま湯問題

最近は

織り機につどうの返礼品の準備をしたり、今年度のFUJIHIMUROの事業計画を練ったり。


昨年はもらえた仕事の期待に応えることでいっぱいいっぱいだった。意に添う結果を出せたかというと?がつくけれど、継続してもらえるような関係性はつくることができた。


今年はその仕事をある程度のレベルまで固めていく年。そうそう、この装いの庭のサイトも違った形にリニューアルしようとしています。6月中には更新できるといいな。

最近は

現実世界への復帰

5月1日〜10日の間、自宅でヴィパッサナー瞑想のセルフコースを取った。期間中は家の敷地から出ず、人との接触を避ける。PC機器にも基本は触れない。

それがどうなのか、というのはまぁいいとして、今日はそのコースが終わって現実に復帰した初日だった。

瞑想している間はやりたいことが次々に浮かんできてしまう。(自分で望んでその状況をつくっているというのに)

ということで、部屋に掃除機をかけ、洗濯ものを干し、シーツの穴が空いてたところを直したり、買おうと思いつつ、きっかけのなかった買い物を済ませたり、気になってたことを片付けていく。10日の休みの間のメールやらメッセージやらのチェックをする。止めてた仕事も前に進めなくちゃいけない。

時間の配分だけで言えば大きく遅れを取る。だけど、集中力が高まるから詰まってた仕事がすんなり進んだこともある。多少の遅れをとっても長い目で見れば 得だと思うので続けている。そんな感じの現実世界への復帰初日だった。

現実世界への復帰

考えることが仕事

珍しくタイトルが付いた。

ぼくの仕事はどうやら「考えること」だと思ったのです。
なんだかうまくいかない、その理由を“考え”る。
やりたいことがあるんだけど今ひとつ伝わらない、その理由を“考え”る。
理由だけでなく、うまくいくやり方、伝え方を“考え”る。
もちろん考えるだけでは何も変わらないから考えたことは外に出す。
けれど、外に出すことを決して得意だとは思っていない。
やり方にしても、伝え方にしても、
ああ、こんな風に外に出せたらどんなにすばらしいだろうか
と思える人たちはたくさんいる。

ぼくの仕事はそういう人たちがいかない領域に分け入って
ぶつかった問題を得意そうな人に解決してもらうことだ。
写真家と建築家の友人と一緒にやった「織り機につどう」はそれがうまく機能した例だと思う。

仕事がないときにライターをやって暮らそうかと考えたことがある。
何度も。でも、うまくやれる気が全然しなかった。
どうやって伝えるのかよりも、課題は何でどうやったら乗り越えられるのかみたいな
分析していく仕事のほうがずっと前向きに取り組めるのです。

考えることが仕事

唐突だけれど、スタッフを雇いました。

正直いえば、自分ひとりが生きていくのもギリギリのような働き方をしています。
というよりも、自分ひとりもどうして生きていけているのかわからないくらいの状態でした。
年度が終わって締めてみたら一応なんとかなってるみたいでした。

何をしているのかもとても分かりづらいです(説明もしづらい)。
にも関わらず、何かやろうよ!と声をかけてはいただけて、去年一年間、必死に取り組みました。
危ない橋を渡るような日々ながら、自分でも誇れる仕事がいくつかできたと胸を張ることができました。

今年度は「0」からつくった「1」をきちんと足場を固めて2倍、3倍に育てていく年だと思っています。
そのためには自分ひとりで成長させるよりもチームで働きたいと思ったのです。
世の中はコロナウイルス禍の真っ只中だけど、外に力を注げないからこそ、中身=仕事の仕組み作りや環境を整えるのに時間と労力を当てられるのではないでしょうか。
お金はないから借りる算段を立てています。

人を雇って一緒に仕事をしてみて、今までいかに自分が働いてなかったかを痛感しています。
いや、「働いていなかった」のではなく、「働けていなかった」が正しいかもしれません。
1人で働いていると1〜10まですべて自分の責任になります。
ちょっとした失敗が取り返しのつかないことになってしまうため、思い切りよくなかなかできていませんでした。
1人で自由に働くことは得意だと思っていたのだけど、実際のところはひどく要領がわるかったみたい。
人に仕事を頼む、伝わるように説明をする、相談に乗ってもらう。人のことを考えていろいろ気を使うほうが力が湧いてきます。

雇った子は、雑用みたいな仕事や面倒な仕事も積極的にこなしてくれる良い人です。
まだ一週間だけど、とても気持ちよく働けています。

なんだか不謹慎な気もしますが、こんな状況だからこそ目線を変えて、できることや目の前にあることを大切にするのが大事でしょう。
本当に恐れるべきは人の心の中に宿る不安や恐怖なわけですから。

報告書などの締めの作業がどうにもあまり得意じゃない。

思えば学生だったころからずっと苦手だ。できるだけしっかりやりたい気持ちはあるのだけど、今ひとつゴールをきちんと見据えられない。受け取り手の顔が見えずに迷路をさまよい、よくわからないものが出来上がる。そもそも成果を誇示するのも好きじゃない。

一方で未来のことを考えたり、計画を立てたりするのは得意なようだ。あんなことできたらいいな、じゃあどうやろうか。そのためにいくら必要で誰とやるのがいいだろうかと、そんなことは四六時中考えていられる。営業をやっていたころ予算計画を立てるのも好きだった。

どうしてこんなことを書き出したのかといえば、確定申告に追われているからだ。去年はほとんど全部が新しいことだらけだったため、経理に割く心の余裕が持てなかった。半年やそこらではなくまるっと一年分放置していて、そのツケを今払っている。同時に今年度の計画も立てているのだけど、こっちは楽しくて、ついつい気を取られてしまう。今年度はこの辺のバランスをちゃんと取れるようになるのが目標だ。