はじめまして、装いの庭の久保田です。新卒から4年間働いたNPOを離れ、4月から装いの庭として藤枝とともに活動しています。
大学での専攻も以前の仕事も繊維業界とはまったく無縁の世界だったので、装いの庭としての活動を始めてから触れる産地での風景は、どれも新鮮でときめくものばかりです。ガシャン、ガシャンと大きな音を立てて動く織機たちや、機屋さんとの間で交わされる専門用語混じりの会話。織物とともにある日常に身を置く日々は、新しい学びや気づきで溢れています。
4/23〜25にかけて訪れた尾州でも、繊維産業の長い歴史や受け継がれる技術の素晴らしさ、作家さんそれぞれの感性豊かな視点に触れることのできた、よい機会になりました。そんな3日間の尾州出張のレポートを、3回に分けてお届けしていきます。
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装いの庭ではいま、刺繍作家のatsumiさんと刺繍の糸の開発を行っています。atsumiさんならではの繊細でユニークなモチーフ図案と、それにぴったりなまだ見ぬ刺繍糸をセットに、誰でも気軽に楽しめて、なおかつこれまでにない新しい刺繍キットをつくるべく打ち合わせを重ねています。
今回の尾州訪問のいちばんの目的は、その刺繍の糸の材料やアイデアを探ること。糸がつくられる現場に足を運び、まだ見ぬ糸と出会い、感触を確かめながら実際に刺してみようと、atsumiさんとともに撚糸工場や施設を巡りました。
尾州は、藤枝がかつて働いていた撚糸メーカー・近藤株式会社をはじめ、ファンシーヤーンと呼ばれる意匠撚糸を製造する工場がいくつもあります。一日目はそんな数ある工場のうちの一つ、「泰平商会」への訪問から始まりました。
泰平商会は、ファンシーヤーンやラメ糸入りのリリヤーンなどを製造する撚糸メーカー。
atsumiさんの刺繍の書籍や試しにいくつかの糸を刺した布を見せながら、刺繍ができる糸を探している、とお伝えすると、次々に糸見本を出してきてくれました。
側面にループがついたモケモケの糸や、色と太さの違う2種類の糸を撚ったメリハリのある糸、靴紐のようなテープ状の糸など、、、なんと種類の多いこと!
一本の糸で太い部分と細い部分がある糸や、等間隔にビーズが入った糸など、個性的なものがたくさんありましたが、刺繍で使える糸となるといくつかの制限がかかってきます。刺繍針に通せそうか、布に何度も刺して通したときに糸がほつれないかなどを考えながら、素材や形状の目星を付けつつ、次の訪問先へ向かいました。
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アポイントまで少し時間があったので、産地ならではの素材やアトリエが集まるというレトロビル「Re-TAiL(リテイル)」に寄り道。
ちょっと寄ってみようと気軽な気持ちで来てみたら、想像をはるかに超えた素材の豊富さにびっくり。「これはすごい!」と思わず言葉が出てしまいました。フロア一面にあらゆる企業や工場の糸、反物、はぎれ、若手作家の作品などが所狭しと並ぶ、まさに素材の宝庫!
豊富な種類の糸が積み上げられた棚を前に、atsumiさんも藤枝もスイッチが入ったようで、糸を真剣に選び始めます。
「この糸のテカリ具合、くじらみたいじゃない?」「これはアスファルトみたいだね」
atsumiさんが糸の風合いを見た瞬間に発する言葉を聞くと、もう目の前の糸たちがくじらやアスファルトにしか見えなくなるから不思議です。これからつくる刺繍の糸が、atsumiさん独自のインスピレーションとかけ合わさったとき、どんな世界を見せてくれるのか、すごくすごく楽しみになりました。
泰平商会で見当をつけていた糸に近いものも見つかり、十数種類の糸をお試しで買ってみることに。購入の際は自分でほしい量を計って買うことができます。この作業もなんだか新鮮で楽しかったです。
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次なる訪問先は、岐阜県羽島市にあるテキスタイルマテリアルセンター、通称「マテセン」。
マテセンは、繊維の見本市やコレクションに出展された膨大な数の生地見本が集まる拠点。毎年約3000点以上もの最新素材が集まり、今ではおおよそ11万点の生地サンプルが収蔵されている、国内最大のテキスタイル資料館です。
このサンプルの行列は一体どこまで続いているんだ?と思うほどの量に圧倒されてもはや言葉も出ず、どこから見始めようかと目移りしてしまうくらい個性豊かな生地がずらり。
ここには尾州でつくられたニットやツイードの生地はもちろん、時代を象徴する流行パターンの生地や、コレクションに向けてデザイナーや機屋が力を入れて制作した生地など、ファッション産業の歴史ともいえる素材たちが並んでいます。
それらは決して過去のものではなく、現在活動するデザイナーやアパレルメーカー、産地の内外の学生たちにとっては、直接見て、触れることのできる貴重なクリエイティブ資料です。ちょうど私たちが見学していた時も、自分のブランドを持つという若いデザイナーが新作生地のヒントを求め訪ねてきました。
繊維やファッションと関わるどんな人にも門戸を開き、11万点もの生地を文化として伝え続けているのが、マテセンの案内をしてくれた㈱イワゼンの岩田善之さん。
岩田さんはご自身で織物工場を経営しながら、マテセンを訪れるデザイナーやテキスタイルメーカーの相談に乗り、時にはブランド立ち上げのサポートもしています。
さまざまなお話をしながら案内をしてくれましたが、その情報量がもうすごかった。尾州をはじめとする各産地の素材や織物、その産業背景、コレクションの変遷や歴代デザイナーについてなど、あらゆる知識が次々に出てきます。それでいてとても気さくで話しやすいから、多くの人が岩田さんに相談をするのも納得です。
生地そのもののインスピレーションを得るためにマテセンに来るのはもちろんだけれど、岩田さんのこれまでの経験とともに話してくれるアイデアや視点を求めて訪れる人もきっと多いんじゃないかなと思いました。
マテセンはファッション業界の方はもちろん、一般の方も予約をすればだれでも訪問することができます。一部の反物の生地やブランケットなどの製品は手頃な価格で購入することも可能。ファッションに限らずデザインやアート、建築に関する年季の入った文献資料もありました。
繊維の知識がまだ浅い私が行ってもとてもワクワクしましたし、なにより岩田さんがファッション産業への愛をもって語ってくれるので、だれが訪れてもきっと有意義な体験になると思います。繊維のまちのテーマパーク「マテセン」、おすすめです。
一日目はこれにて終了、二日目に続きます。